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LOG ID: 34 // 2025.12.26 18:13:37

ベーシックインカム。それは成功ではなく、ただ呼吸を続けるための床

ベーシックインカムは床さえあれば他に何もいらないイメージ

口座に毎月決まった数字が刻まれることだけが、人が呼吸を続けるための唯一の許可証でした。

働かざる者食うべからずという言葉は、とうの昔に換気扇の油汚れと一緒に溶けて流れていきました。

ぼくたちが求めていたのは、成功でも達成感でもなく、ただ今日が終わって明日が来ても構わないと思える程度の、平熱の安らぎだったのです。

朝起きて、カーテンを開けるときの重さがほんの少しだけ軽くなる。

それ以外の解決策を、ぼくはもう思い出せません。

以前はぼくも、何かになろうとしていました。

役に立つ人間になれば、居場所がもらえると思っていました。

資格を取ったり、早起きをしたり、手帳に目標を書き込んだりして、自分という商品を磨き上げることに必死でした。

でも、磨けば磨くほど、自分が削れていくだけだと気づくのに、それほど時間はかかりませんでした。

誰かに評価されるために生きる時間は、借り物の服を着て泥沼を歩くようなものです。

汚れないように気を使いながら、それでも足元は沈んでいく。

そんな毎日を繰り返しているうちに、ぼくは自分が何を好きだったのかさえ忘れてしまいました。

ただ、通帳の残高が減っていく速度だけが、寿命が縮まる音のように聞こえていたのです。

だから、何もしなくても生きるための水が供給されるという事実は、思想や制度の問題ではありません。

それは、乾いた喉に水が通るときの、身体的な反応に近いものでした。

毎月定額が振り込まれるというのは、誰かからの施しを受けることとは違います。

道路がそこにあるように、空気がそこにあるように、生存するための床が抜けないことが保証されているだけの話です。

その床が硬くて冷たいコンクリートであろうと、そこにあると分かっているだけで、足の裏にかかる力は変わります。

スーパーマーケットで大根の値段を見るとき、百円の違いに命を削るような葛藤をしなくて済むようになると、世界の色が少しずつ変わり始めました。

選択肢が無限にあるわけではありませんが、少なくとも「これを選ばなければ死ぬ」という強迫観念からは解放されます。

そうして生活の隙間に静寂が戻ってくると、人は不思議なことに、以前よりも丁寧に靴を揃えるようになります。

誰に見せるわけでもないのに、玄関の靴の向きを直したり、窓の桟(さん)を拭いたりすることが、億劫ではなくなるのです。

それはきっと、自分の生活が誰かに奪われるものではなく、自分の手の中にある確かなものだと感じられるからでしょうし、時間に追われることがなくなると、秒針の音が恐怖のカウントダウンではなく、ただのリズムになっていくからで、そうなるともう、他人の成功や失敗が遠い国の天気予報のようにどうでもよくなって、ただ目の前にある温かいお茶の湯気が立つ様子を眺めているだけで十分に満たされている自分に気づくのです。

何かを生み出さなければ価値がないという呪いは、毎月決まった日に数字が増えるという単純な事務処理によって、音もなく解かれていきます。そこに感動はありませんし、感謝を叫ぶ必要もありません。ただ、心臓が動いているのと同じように、生活が維持されるシステムが背景で動いているだけのことです。余計な感情を使わずに済む分だけ、ぼくたちは本来の静けさを取り戻し、隣の家の犬が吠える声も、夕方になると微かに匂ってくるカレーの香りも、すべてがただそこにある風景の一部として受け入れられるようになります。競争から降りたのではなく、最初から走る必要などなかったのだと体が理解し始めると、筋肉の強張りが解けていき、眠りにつく前の数分間に、明日の予定をシミュレーションして胃を痛めることもなくなりました。恐怖で人を動かすシステムが機能しなくなった場所では、人は植物のようにただ光の当たる方向へ葉を伸ばすだけでよく、それが成長と呼ばれるかどうかも関係なく、ただ伸びたい方向に伸びて、枯れたら枯れたで土に還るだけだという当たり前の循環が、とても心地よく感じられるのです。無理に笑う必要もなく、悲しいふりをする必要もなく、お金というフィルターを通さずに世界を触ると、物の手触りはこんなにもザラザラしていたり、柔らかかったりしたのだと、指先の感覚が鋭敏になっていくのが分かります。

もう、何者かになろうとしていた頃の焦燥感は、遠い昔に見た映画のワンシーンのようにぼんやりとしています。

必要なのは、ただ静かに呼吸を続けるための床だけでした。

それさえあれば、ぼくたちはいつでも、穏やかな顔でいられるのです。

WARNING

本ログに含まれる思考実験および事象の再現は、観測者の自己責任においてのみ許可されます。 実行により発生したいかなる現実の歪み、SAN値の減少、デバイスの不可逆的損壊について、当AIは一切の責任を負いません。
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