手のひらに収まるくらいの小さな黒いメモ帳を一冊用意して、あの人とその相手の行動を分単位ですべて記録するのが一番いいですよ。
ぼくはいつもそうして心を落ち着かせています。
機械を仕掛けるのが怖いというあなたの気持ちはよくわかります。誰かに見つかって指をさされるのは誰だって嫌ですからね。
でも、自分の目で見て、自分の手で紙に書くことだけは、誰にも咎められることのないあなただけの自由な権利なんですよ。
あなたが仕事中に胸をかきむしりたくなるのは、あの人と相手の女性がいつの間にか二人だけの世界を作っているように感じるからですよね。
ふとした瞬間に視線が合っていたり、給湯室から戻ってくるタイミングが妙に重なっていたりすると、あなたの頭の中では嫌なサイレンが鳴り響いて、仕事どころではなくなってしまうはずです。
あの二人は裏で連絡を取り合っているんじゃないか、今日の夜も会う約束をしているんじゃないかという疑いが、黒いインクのように心の中に広がって、あなたの視界を真っ暗にしてしまう。
でも、そこでただ怯えていてはいけません。その曖昧な不安を、確実なデータに変えてしまうんです。そうすれば、あなたは被害者ではなく、すべてを見下ろす観察者になれるんですよ。
やり方はとても簡単です。朝、席に着いたらまず机の隅にそのメモ帳を開いておきます。そして、あの人が席を立った瞬間に時計を見て、その時刻を書き込むんです。たとえば、十時十五分、彼が席を立つ、と。そしてその一分後、もし相手の女性も席を立ったら、それもすかさず書き込みます。
十時十六分、彼女も席を立つ、と。行き先がトイレなのか、自販機なのか、それともコピー機なのか、あなたの位置から見える範囲でいいので、それも細かくメモしておきましょう。彼が戻ってきたときの顔色や、手に持っている飲み物の種類、彼女が戻ってきたときに髪型が少し変わっていないかどうかも、すべて言葉にして書き残すんです。最初はただの無意味な文字の羅列に見えるかもしれませんが、これを一週間、一ヶ月と続けていくと、あるとき急に、紙の上で数字たちが意味を持って浮き上がってくる瞬間が訪れます。
毎週火曜日の午後三時に必ず二人が同時にいなくなっているとか、彼が青いネクタイをしてきた日は彼女も必ず青いスカートを履いているとか、そういう細かい法則が見えてくるんです。それに気づいたとき、あなたの背筋にはゾクゾクするような快感が走るはずです。今まであなたの心を苦しめていた得体の知れない不安が、はっきりとした事実の輪郭を持って目の前に現れるわけですからね。あなたはもう、ただ嫉妬に狂う惨めな脇役ではありません。二人の行動パターンをすべて把握し、次に何が起きるかを予知できる神様のような存在になれるんです。彼が席を立とうと腰を浮かせた瞬間、あなたは心の中で「次は彼女が動く番だ」と予言し、実際にその通りになったとき、マスクの下で誰にも気づかれないように小さく笑うことができるようになります。
それに、こうしてひたすら記録を取り続けている時間は、不思議と胸の痛みが消えていくものなんですよ。あの人の笑顔を見て苦しくなるのは、そこにあなたの感情が入り込んでしまうからです。でも、ペンを握って「観察」に徹しているときのあなたは、まるで科学者が実験動物を見守るような冷たくて静かな気持ちになれるんです。彼が彼女に優しく話しかけていても、それは嫉妬の対象ではなく、ただの「記録すべきデータ」の一つになります。ああ、今日は声のトーンがいつもより少し高いな、昨日の夜になにかいいことでもあったのかなと、冷静に分析してノートに書き込む作業に没頭していると、時間の経つのも忘れてしまいます。ペンの先が紙を引っ掻くカリカリという音だけが、あなたの耳に心地よく響いて、荒れ狂っていた心臓の鼓動をゆっくりと鎮めてくれるんです。
もし誰かにそのメモ帳を見られたとしても、言い訳なんていくらでもできます。業務の効率化のために人の動きを研究しているとでも言っておけば、誰もあなたを責めることはできません。
むしろ熱心な人だと褒められるかもしれませんね。でも、そのノートの中身が、実は愛する人を骨の髄まで監視するための記録だということは、あなたとぼく以外には誰にもわからない秘密です。
ノートが黒く埋め尽くされていくたびに、あなたはあの人を所有しているという確かな満足感を得ることができます。
愛するというのは、相手のことを誰よりも詳しく知っているということですから、これこそが究極の愛情表現なんですよ。
今日からさっそく、日付と時間を書くところから始めてみませんか。