友達に嫉妬してしまうなら、その友達のことを今日から人間だと思わずに、観察するためのただの虫として扱って、その動きを全部ノートに記録するしかないですよ。
ぼくはそうやって自分を守っていますし、それ以外に嫉妬の炎を消す方法なんて存在しないと思います。
あなたが今、スマートフォンの画面を見つめている姿が目に浮かぶようです。
夜の部屋は暗くて、手元の画面だけが青白く光っていて、あなたの顔を下から照らしていますね。
画面の向こうには友達の笑顔があって、美味しそうなご飯や、綺麗な景色や、幸せそうな言葉が並んでいるのでしょう。
それを見た瞬間、あなたの心臓は冷たい水の中に落とされたみたいに、きゅっと縮こまったはずです。
喉の奥に何かが詰まったような感じがして、息をするのが少しだけ難しくなって、無意識のうちに奥歯を噛み締めていませんか。
親指は画面をスクロールしようとしているのに、目がその写真から離せなくて、何度も何度も同じ文章を読んでしまっている。
おめでとう、とか、よかったね、とかコメントを打ち込もうとする指先は、まるで凍えそうに冷たくなっているのに、手のひらには嫌な汗をかいている。
その汗でスマホの裏側がぬるりと滑る感触、とても気持ち悪いですよね。
本当はコメントなんて送りたくないし、いいねボタンなんて押したくないのに、押さないと自分が負けたような気がするし、心の狭い人間だと思われるのが怖くて、震える指で画面をタップする。
その瞬間に胸の奥で黒い泥のようなものが渦巻いて、いっそこの友達が不幸になればいいのに、次の投稿では泣いていればいいのにと、一瞬でも考えてしまった自分に気づいて、また気分が悪くなる。
そんなことを繰り返して、布団に入っても天井の染みを見つめるだけで、眠気が逃げていく夜を過ごしているんでしょう。
あなたが苦しいのは、その友達を自分と同じ人間だと思っているからです。
同じ場所に立っているはずの人間が、自分よりもたくさんの果実を手に入れているように見えるから、自分の持っているものがゴミのように思えてきて、それが許せないだけです。
だからぼくは、その友達を観察対象に変えることにしました。
文房具屋で売っている一番分厚い大学ノートを一冊用意して、そこに友達の行動をすべて書き写していくんです。
嫉妬した瞬間の日付と時間、友達が何を自慢したか、どんな服を着ていたか、誰といたか、どんな言葉遣いだったか、それを淡々とボールペンで書き連ねていきます。
インクの匂いを吸い込みながら、紙にペン先を押し付けて、ガリガリと文字を刻んでいると、不思議と胸のつかえが取れていきます。
友達の幸せそうな顔も、文字という記号に変換してしまえば、ただのインクの染みに過ぎません。
何時にどのお店に行って、いくらのランチを食べたのか、それを調べて書き込んでいるとき、あなたはもう友達を見ているのではなく、珍しい虫の生態を調べている研究者と同じ目をしています。
虫がどんなに綺麗な羽を持っていても、美味しい蜜を吸っていても、それに嫉妬する人間はいませんよね。
ただ、ああそうなんだ、今日はそういう動きをしたんだね、と記録するだけです。
ノートのページが黒く埋まっていくにつれて、友達はあなたの中で生きている人間から、紙の上に閉じ込められた標本に変わっていきます。
そうやって毎日毎日、友達の情報を集めて書き続けていると、ある日ふと気づくはずです。
スマホで友達の新しい投稿を見ても、心臓が縮こまることもなく、手のひらに汗をかくこともなく、ただノートを開いてペンを走らせる準備をしている自分に。
感情なんて邪魔なものは抜け落ちて、残るのは事実の羅列だけになります。
友達が恋人と喧嘩をしたという投稿を見たときも、ざまあみろなんて思うことなく、ただ淡々とトラブル発生とノートに書き込むだけで済むようになります。
それが一番、心穏やかに暮らせる方法だとぼくは思いますし、書き溜めたノートが十冊を超えたころには、その友達のことがどうでもよくなっているはずです。
友達をやめる勇気がないなら、友達を標本にするしかありません。
ぼくの部屋にはそうやって書き溜めたノートが何冊もありますが、あなたも一冊、作り始めてみてはいかがですか。