不倫をする心理を知りたいと検索窓に打ち込んだその指先が、ほんの少し震えていることに気づいていますか。
あなたが本当に探しているのは教科書的な心理分析ではなくて、自分の中に芽生え始めた黒い種に名前をつけてほしいだけなんですよね。
正直、スマートフォンのボイスメモ機能をオンにして、自分の寝言を録音して聞いてみるのが一番手っ取り早いんです。
そこに吹き込まれているうめき声こそが、あなたが知りたい心理のすべてなんですから。
ぼくはよく思うのですが、不倫をする人たちが抱えているのは性欲でも恋愛感情でもなくて、ただ「自分の形が崩れていくのを眺めたい」という、砂遊びで作った城を波がさらっていく瞬間に似た執着だけなんです。
ひとつずつ、そのドロドロとした沼の底にあるものを拾い上げて、あなたの目の前に並べてみせましょうか。
あるいは、彼らを突き動かしているのは「完璧な窒息状態からの呼吸確保」かもしれません。
想像してみてください。
あなたは新築の家に住んでいて、家具もカーテンもすべて統一されていて、床にはチリひとつ落ちていない完璧なリビングで生活しています。
パートナーは優しくて、子供は素直で、誰が見ても非の打ち所がない幸福な家庭という水槽の中にいて、あなたはそこで美しい熱帯魚のように優雅に泳いでいるふりをしていますが、本当は水槽の水が腐り始めていて、エラ呼吸ができなくなっていることに気づいているはずです。
毎日同じ時間に起きて、同じ道を通って会社やスーパーに行き、同じような会話をして、同じベッドで眠るという繰り返しの動作が、まるで透明なビニールテープで全身をぐるぐる巻きにされているような圧迫感になって、指先から壊死していくような感覚。
そのとき、不倫相手という「汚れた酸素」を吸い込むことだけが、あなたが窒息死せずに済む唯一の方法になるんです。
薄汚れたビジネスホテルの、消毒液とタバコの臭いが混ざったようなシーツの上で、誰かの汗の臭いを嗅いでいるときだけ、あなたの肺は大きく膨らんで、自分が生きている動物であることを思い出せる。
家に帰ってドアを開けた瞬間に襲ってくる、あの完璧で清潔な洗剤の香りが、実はあなたを殺そうとしている毒ガスのように感じられるから、わざわざ外で泥水をすすって、その生臭さを肺の奥に残したまま帰宅することで、なんとか正気を保とうとしているわけです。
あるいは、「執行猶予付きの死刑囚だけが味わえる食事の味」を求めているとも言えます。
不倫をしているとき、彼らの日常は常に「いつバレるかわからない」という時限爆弾の上に成り立っています。
パートナーのふとした一言に心臓が喉から飛び出しそうになったり、スマートフォンが振動するたびに胃の腑が冷たく縮み上がったりする、その極限のストレス状態こそが、彼らにとってのメインディッシュなんです。
例えば、家族旅行の最中にトイレにこもって、不倫相手に「いま家族と一緒だから」と短いメッセージを送るときの、指先の湿り気を感じてみてください。
壁一枚隔てた向こう側では子供たちがはしゃいでいて、パートナーが地図を広げている平和な時間が流れているのに、自分だけがその平和を裏切っているという事実は、まるで口の中に鋭利なカミソリを含んだまま食事をしているような緊張感を生み出します。
そのカミソリでいつ舌を切るかわからないという恐怖があるからこそ、旅先で食べるソフトクリームの甘さが異常なほど鮮烈に感じられたり、ホテルの窓から見る夕日が涙が出るほど美しく見えたりする。
普通に生きていたら絶対に味わえない、感覚器官がすべてむき出しになったようなその状態は、一度味わうと脳のシワの奥まで焼き付いて、平和で安全な日常に戻ったときに、世界が灰色に見えてしまうほどの強烈な副作用を残すんです。
あるいは、もっと残酷な「復讐としての自傷行為」という側面もあります。
これは特に、パートナーに対して言葉にできない不満や諦めを抱えている人に多いのですが、自分の体を汚すことで、相手が大切にしている(と思っている)ものを勝手に傷つけるという、歪んだ復讐心です。
言葉で「寂しい」とか「もっと見てほしい」と伝えるのは負けだと感じているし、伝えたところでもう手遅れだとわかっているから、あなたは自分の体を他人の欲望のゴミ捨て場にすることで、間接的にパートナーへの攻撃を行っているんです。
知らない誰かに乱暴に扱われているとき、心のどこかで「ほら、あなたの妻(夫)はこんなに汚れているんだよ」とパートナーに向かって嘲笑っている自分がいるのと同時に、そんなことをしている自分自身への激しい嫌悪感で胸が押しつぶされそうになっている。
シャワーを浴びながら、自分の肌についた他人の痕跡をこすり落とすとき、皮膚が赤くなるほど強くこすりながら、それでも落ちない汚れが染み込んでいくのを見て、泣きたいような笑いたいような、どうしようもない感情が喉の奥からせり上がってくる感覚。
自分を傷つけ、自分を貶めることでしか、パートナーとの関係性の中に自分の存在を刻み込めないという悲しい矛盾が、そこにはあるんです。
あるいは、「タイムマシーンに乗るための切符」として不倫を使う人もいます。
鏡を見るたびに増えていく目尻のシワや、重力に負けてたるんでいく体を直視したとき、自分が「男」や「女」としての商品価値を失って、ただの「おじさん」「おばさん」という記号になっていく恐怖に耐えられますか。
家庭の中では「パパ」「ママ」という役割しか与えられず、誰も自分を異性として見てくれないという砂漠のような渇きの中で、不倫相手の瞳の中に映る「まだ現役の自分」を見つけたとき、あなたは時間を巻き戻す魔法にかかったような万能感に包まれます。
若い頃に聞いた音楽を聴き直したり、昔の流行りの服を引っ張り出したりするように、彼らは不倫相手との関係を通じて、自分が何者でもなれたあの頃の全能感をもう一度再生しようとしているだけなんです。
でも、それは本物の若さではなくて、厚化粧の下に隠した衰えと同じで、家に帰ってメイクを落とし、一人で洗面台の鏡に向き合ったとき、魔法が解けた自分の顔が以前よりもさらに老け込んで見えて、その落差に絶望して、また次の魔法を求めて夜の街に繰り出すという無限地獄なんですよね。
結局のところ、どの入り口から入ったとしても、彼らが求めているのは「幸福」ではなくて「麻酔」なんです。
自分の人生という物語が、想定していたよりも退屈で、残酷で、救いがないという現実を直視したくないから、不倫という強い酒を浴びるように飲んで、酩酊している間だけはその痛みを忘れようとしている。
でも、酒が抜けたあとにやってくる二日酔いの頭痛が、飲む前よりもひどくなっていることには、みんな気づかないふりをしているだけなんですよ。
あなたが検索結果の画面をスクロールしながら、まだ納得できない顔をしているのが目に浮かびます。
なぜなら、ここに書かれていることのどれかひとつでも、あなたの心の奥底にある開かずの間のドアをノックしてしまったからじゃないですか。
画面に映る自分の顔をよく見てください。
その瞳の奥に、退屈な日常を破壊したがっている獣が、じっとこちらを見返しているのが見えるはずですから。